この記事は、シリーズ「カシミール・ダル湖とハウスボートの旅」の第4話です。
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🔹 前回:第3話|水とともに暮らす、名もなき日々の美しさ
ダル湖からトレッキングに出かけたのは、ある朝のことだった。
ハウスボートの静かな暮らしにもすっかり馴染んでいた頃、ふと「もっと先を見てみたい」と思った。
それは“観光”でも、“冒険”でもなかった。
ただ、あの静けさの続きを、もう少し深い場所で感じてみたかったのだ。
氷河湖へ向かう静かな旅
パキスタン国境に近い山奥へ向かって、ぼくは1週間ほどのトレッキングを始めた。
荷物はロバに積み、ガイドとシェフも同行してくれることになった。
ダル湖の賑やかさを後ろに、舟を降り、ジープで山道を進んだ先から、ぼくらの静かな旅ははじまった。

しばらく歩くと、あたりには人影もまばらになり、森が薄くなって、やがて急峻な岩の稜線が見えてくる。
山の合間を縫うように登り、谷を越え、やがて草原の奥にぽつりと湖が姿を現す。
ターコイズブルーの水面。
風も音も止まったような、時間の抜けた場所だった。
飛び込みたくなるような澄んだ水がそこにはあって、実際、ぼくは冷たい湖に身体ごと浸かったこともあった。
そのキーンとした冷たさは、頭の奥まで澄みわたらせてくれるような感覚だった。
進むにつれて、似たようでまるで違う、いくつもの氷河湖に出会った。

険しい山々、どこまでも広がる草原、その中にぽつりぽつりと存在する湖たち。
誰もいない。音もない。
訪れる人はごくわずかで、道もはっきりとはしていなかった。
ただ、そこに“在る”という気配だけが、強く、しずかに漂っていた。
「Kashmir」の旋律とともに
ある日、湖の前でひとり佇んでいたとき、不意に頭のなかに、あの曲が流れた。
レッド・ツェッペリンの「Kashmir」。
あの重く、引きずるようなリズム。どこか異国の風を感じさせる旋律。
言葉にはできない、旅のなかの旅のような、深い感覚。
「その名前自体に、旅の精髄のような響きがあった」
— ロバート・プラント
彼がそう語ったように、“Kashmir”という音には、どこか遠くて懐かしい、呼び戻されるような力があった。
ここが、その名前の由来となった場所かどうかなんて、どうでもよかった。
ただ、いま自分が、この音と景色に包まれていることが、何よりも不思議で、満ち足りたことだった。
あのころ、ダル湖で
この湖のほとりに座っていると、ふと、ダル湖のことが思い出された。
あの湖に浮かぶハウスボートには、かつて世界中の若者たちが集まっていたという。

1960〜70年代、カシミールは「ヒッピー・トレイル」の終着点のひとつだった。
西洋の社会から距離を置き、自由を求めて旅に出た彼らは、ダル湖の水上に浮かぶ木の家で、長く暮らした。
朝は湖面を眺めながら瞑想をし、昼は日記や詩や音楽に没頭し、夜はスパイスの香るチャイと共に語らい合った。
そこにあったのは、貨幣でも秩序でもなく、ただ“自分の内側にある真実”を探す時間だったのだろう。
自由とは、心の姿勢
自由とは、外にあるものではなく、
見えないものを信じてみようとする心の姿勢だったのかもしれない。
ぼくがこうして山の湖の前で静かに座っているこの時間も、
ひとつの“自由”のかたちかもしれないと思った。
それは、移動の自由でも、発言の自由でもない。
ただ、どこにも急がず、誰とも比べず、
この目の前に広がる景色に、まるごと身をゆだねているということ。
旅の途中で出会った遊牧民の姿が、ふとよぎった。
毛布のような布をまとい、ロバや羊とともに、草原の中を静かに進んでいた人たち。
きっと、この風景の中で暮らすということは、
「自然の変化をまるごと受け入れること」なのだろう。
彼らの姿は、争いとも無縁に見えた。
こんなにも静かで美しい場所で、人はただ、淡々と生きている。
結びに
「Kashmir」という曲の旋律は、もうとっくに頭の中から消えていたけれど、
その響きがもたらしたものは、まだ胸の奥に残っていた。
旅は、景色を見にいくものじゃない。
過去の誰かの声や、知らない誰かの生き方と、どこかで静かに出会うことなのかもしれない。
そしてそれが、自分の内側の、
まだ知らなかった静けさに触れるきっかけになることがある。
氷河湖は、今日もただ、そこに在った。
だれも見ていなくても、風が吹いても吹かなくても、
その水面には、どこか言葉にできない時間が、静かにゆらいでいた。
(終わり)
写真提供:
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